こんにちは。
がん家族セラピスト、Mon ami代表の酒井たえこです。
ABEMA TVをご覧いただき、ありがとうございます。
このページでは、私がなぜこの活動を続けているのか、
その始まりを書きたいと思います。
私の父は、食道がんを患いました。
父ががんになったとき、私は毎日、「これでいいんかな」と思いながら過ごしていました。
父にどう声をかけたらいいんだろう。
本当のことは、どこまで話したらいいんだろう。
傷つけてしまわないだろうか。
でも、聞かなければ分からないこともある。
だから怖くても話そう。
父の話をちゃんと聞こう。
今まで聞けなかったことも聞こう。
そう決めていました。
でも、そのたびに思うんです。
「私がやっていることって、本当にこれでええんかな。」
今振り返ると、あの頃の私は、
自分が不安だということさえ分からないくらい、大きな不安に包まれていました。
毎日、その不安の中で必死に過ごしていたので、
自分の心がどうなっているのかを考える余裕なんてありませんでした。
父を見送ったあと、その緊張の糸が切れたように、
私は布団から出られなくなりました。
自分でも気づかないうちに、
布団の中でパンを食べていたそうです。
それを見た夫に、
「何してんねん。ええかげんにせえ!」 と言われて、
はっと我に返りました。
さらに、おねしょまでしてしまいました。
そのとき初めて、 「自分は、うつになっているのかもしれない。」 そう思いました。
父の看病をしていただけなのに。
一生懸命、父と向き合っていただけなのに。
どうして私は、こんなふうになってしまったんだろう。
そう考えたとき、病院で見ていた景色を思い出しました。
病室には、毎日付き添いに来られるご家族がいました。
「朝早くから来たのに。」
「今日も帰るころには夕方や。」
そう文句を言いながらも、次の日も来る。
その次の日も来る。
その姿を思い出したとき、ふと心に浮かんだんです。
「私だけじゃなかった。みんな一緒や。」
そのとき初めて気づきました。
私は、あの頃、自分が不安だということさえ分かっていなかった。
だから、「大丈夫」と言ってほしいなんて考えたこともありませんでした。
そんなことを考える余裕もなかったんです。
そしてそこから、少しずつ
普通の生活に戻ることだけを考えました。
「元気になろう。」ではなく、
今日は起きてみよう。
今日はご飯を食べよう。
今日は外へ出てみよう。
そんな毎日を、一日ずつ積み重ねました。
少しずつ生活が戻ってきた頃、
不思議と一つの思いが心に残るようになりました。
ーあの頃の私のように、
不安の中で頑張っているがん患者さんのご家族の背中をさすってあげたいー
「大丈夫ですよ。」と伝えてあげたいな。
でも、それは父を看病していた頃から思っていたことではありません。
少しだけ心に余裕が戻ってきたからこそ、
初めて生まれた思いでした。
その思いは、時間がたっても消えませんでした。
何度も何度も心に戻ってきました。
ある日、ふと思ったんです。
「どうやったら、そんな人になれるんかな。」
そして気がつくと、そのことばかり考えるようになりました。
私がなりたかったのは、
医療の知識をたくさん持っている人ではありません。
言葉もなく、黙って震えているその人の背中をさする。
そんな人になりたかったんです。
それが、私ががん家族セラピストを目指した始まりでした。
その問いの答えを探し続けた先に、
がん家族セラピストという学びがあり、
Mon amiという活動がありました。
私はこれからも、 言葉もなく、
黙って震えているその人の背中を、
そっとさすれる人でありたいと思っています。
Mon ami代表・がん家族セラピスト
酒井たえこ
※うつ病について診断はされていません。自分でそのように思ったということです。
